「地域課題解決型探究学習の目標と生徒の学びの強調点のズレについて」(プレプリント版)

※本稿はプレプリント版でありこの後、読者、関係者の意見を経て内容が変更、他所への掲載の上削除される可能性がある。

樋田有一郎

1.はじめに

高校魅力化の高校に訪問調査する際には、魅力化を担当する教員やコーディネーターに同席してもらいながら、生徒にインタビューすることが多い。その際、生徒は総合的探究の授業について尋ねられると、異口同音に同級生との人間関係の変化、自分自身の成長について語るのだが、同席した教師やコーディネーターは、そんな成長があったのだと知って驚くことがある(あるいは、高校魅力化の初期の頃はあった)。教師にとって、なぜ驚きだったのだろうか、このことについて考えたい。

2.地域課題解決型探究学習と地域学校協働

地域課題解決型探究学習が高校魅力化の高校を中心に急速に広がっている。地域課題解決型探究学習は地域課題解決型学習と探究学習が融合した学習である。長らく、高校は都市と都市周辺を中心にした日本社会の近代化・産業化の要請に応える人材育成を行ってきた。しかし、地方分散や人口減少の動向の中で、地域社会や地方社会の要請に応える人材の育成が求められるようになった。また、学校の地域づくりの核としての機能が期待されるようになった。本稿ではこれ以降、地域課題解決型探究学習を省略してLPBIL(Local Problem Based Inquiry Learning)と呼ぶ。

LPBILはその土壌である地域学校協働とセットで積極的に促進されている。文科省を見ると学校支援地域本部に代えて地域学校協働本部を設置し(学校と地域でつくる学びの未来HP)、高校レベルでは2019年度から「地域との協働による高等学校教育改革推進事業」を実施している(文部科学省 2021)(2021年度まで)。  LPBILと地域学校協働は、社会の側からは人口と産業・文化の地方分散の重要な施策であり、学習者の側からは地域での自己実現、自己表現の能力形成の鍵となるものである。

近年ではLPBILと地域学校協働の広がりとともに、生徒が教科の学びを能動的につくる(Co-Creation価値共創)潮流、自己の資源や地域の資源を教育資源として活用する潮流(あるもの探し・出来ること探し(take control))などの潮流が合流して大河になろうとしている。総合的な探究での教師の教育観は与える教育観から支える教育観(守屋 2022)へと変容し、高校魅力化改革の現場では「伴走する」という表現が広まっている。

3.高校がかかげる目標と生徒が実感する成長の差違

 樋田(2020)によると、文科省他が行う政策議論の中では以下の高校魅力化の改革につながる4つの潮流が見られた。高校を核とした地域づくり、チーム学校論、地域の特色を生かした教育、地域の持続可能性への貢献論である。それに対して高校生に高校魅力化の探究学習の意義を尋ねたところ、全く異なることを語っていた。人間関係の成長、自己課題克服、楽しみ・没頭であった。樋田(2020)は、以上の知見をもとに、両者の間にいて、実際の学習目標を作る高校は、生徒が実感する成長を大切にした目標を設定することを求めた。

 本稿では、高校が作る目標に焦点を置き、島根県立吉賀高等学校のキャリア教育「アントレプレナーシップ」の開発・運営で得た知見のうち、高校がかかげた目標と生徒が実感する成長の差違について考察する。

 分析の資料は、島根県立吉賀高等学校『令和4年キャリア教育報告書』である。吉賀高校は島根県西部の中山間地域の吉賀町にある唯一の高校である。平成23(2011)年に島根県の離島・中山間地域の高校魅力化・活性化事業の指定を受けて以降、様々な高校魅力化の取組をおこっている。2011年当時、1学年1クラスの小規模校であった吉賀高校は統廃合の危機にあったが、高校魅力化をきっかけに募集定員を上まわる志願者が出ることもある“魅力的”な高校へと変貌した。主に総合的な探究の時間を使って「アントレプレナーシップ教育」を行い、この取組はキャリア教育を兼ねており、令和元(2019)年以降の総合的な探究の取り組み、令和5(2023)年1月には「第15回キャリア教育優良学校」として文部科学大臣表彰を受賞した。報告者は「アントレプレナーシップ教育」のプログラムの開発と運営に参加している。

まず、『令和4年キャリア教育報告書』の中で、高校教員がアントレプレナーシップ教育の趣旨について書いた文言は次である。

この授業の中で、自分たちのやりたいこと(Will)と、出来ること(Can)、そして地域社会における需要(Need)を掛け合わせて、ありたい未来を実現するために仮説を立て、それを検証するための『プロジェクト』を考え、地域をフィールドとして実践に移し、探究のサイクルを回していきます。

島根県立吉賀高等学校『令和4年キャリア教育報告書』3頁.

このように「地域社会における需要」「ありたい未来」など文科省や総務省の議論に現れるようなことば樋田(2020)が目標として現れる。

これに対して、生徒は報告書の中に次のように書いている(※グループごとに報告の書き方は様々である)。本方向は、1年生9グループの中から目的と学びについて記述されている5グループを抜き出して考察する。

①「放課後サクラマス」グループ(1年生5人) 17頁-18頁

(1)プロジェクトの目的 
・最近は家にこもってゲームをする子が増えている!子どもたちに充実した放課後を過ごして欲しい。
(2)アントレを通しての振り返り
・・・発言する機会が増え前より自分からアイデアや意見を言うようになったことです。・・・・意見を言わないと話も進まないし、意見を言うことで、いろんなことを発見することもあり、とても充実したアントレの時間を過ごせたと思います。・・・・この活動を通して(人と関わることが)苦手ではなくなりました、・・・アントレの活動を通して、(積極的に動くことが)少し克服できたのが、特に自分の中でも大きいなと思います。 (下線筆者。以下、同じ。)

②「鳥獣被害について」(1年生4人)27頁-28頁

(1)最初に考えていたこと
 僕たちは自然に興味があり、農作物被害の原因である猪を獲り、料理を作りそれを食べたりしようと考えていた。
(2)アントレを通して伸ばせた力は?
 計画力/感謝の気持ち/実行力
※なお、②の鳥獣被害のグループが「感謝の気持ち」をあげているが、吉賀高校の生徒は発表会の質疑応答で、(町民に)喜んで貰えてうれしかったと何人もが述べていた。
生徒は地域づくりや地域の持続可能性を高めることを目標として記載する。しかし、報告書では自分自身の性チュについて書いている。また、発表会場では生徒は同級生との関係の成長や町民に喜んで貰えてうれしかったという語りを異口同音に語っていた。

③「ゆず商品化計画」(1年生4人)29頁-30頁

(1)テーマを選んだ理由 ・豊かな自然があるのにもかかわらずそれを生かし切れておらず、とても悔しいと感じたのでこのテーマを選びました。 (2)気付いたこと実践したこと ・自分たちの力だけではやりたいことは出来ないこと、周りの大人の力を積極的に借りること。

④「獅子肉で町興し~放置された柿とともに」(1年生3人) 31頁-32頁

(1)このテーマにした理由 ・食を通じて吉賀町を活性化させたかったから、・商品開発が楽しそうだったから、美味しいものが食べられると思ったから、・将来「食」に関わる仕事に就きたくて、なにか食に関して学べると思ったから (2)1年間のアントレを通しての学びや気づき 1.実践を繰り返すことの大切さ、2.計画を立てることの大切さ、3.振り返ることの大切さ

※「④獅子肉で町興し~放置された柿とともに」のグループは、吉賀町の活性化の他に、テーマ選びの段階で楽しそう、美味しそう、そして将来の仕事に役立つといった理由をあげており、また、学びや気づきとして、探究の方法に関わる理由を挙げていた。どちらも異例である。

⑤「吉賀高校PR」(1年生5人) 33頁-34頁

(1)活動のきっかけ ・吉賀町の問題:人口減少、過疎、・宣伝で人が訪れるきっかけをつくる、・吉賀町の問題解決に協力したい (2)アントレの学び ・高校生という立場を活かす、・大学生交流にて、未熟なところに気づけた(計画力、客観力) ※「⑤吉賀高校PR」グル-プは、きっかけとして地域貢献を書き、学びは、探究の方法に関することを書いている。

4.考察

隠れたカリキュラム(hidden curriculum)という概念がある。隠れたカリキュラムは、顕在的(overt )ないしは明示的(explicit)ないしは書かれている(written)カリキュラムの対概念である。生徒は日々の授業や学校生活の中で、教師が作った顕在的カリキュラム(overt curriculum)とは別に様々な機会・側面で様々な学びをしている。 文科省の人権教育の文言の中で、以下の説明がある。

人権感覚の育成には、そうしたカリキュラムの整備と共に、いわゆる「隠れたカリキュラム」(「隠れたカリキュラム」とは、「教育する側が意図する、しないに関わらず、学校生活を営むなかで、児童生徒自らが学びとっていく全ての事柄」を指す。学校・学級の「隠れたカリキュラム」を構成するのは、それらの場の在り方であり、雰囲気といったものである。)が重要である。

文部科学省 2006

吉賀高等学校の高校魅力化では、一方では生徒が作成した報告書には地域貢献や地域貢献者になることに関わる学習目標が書かれている。しかし他方では、自分自身が隠れたカリキュラムで成長したことを述べている。なお、吉賀高校の生徒は樋田(2020)の研究とは異なり、探究の方法への気づきが書かれていることは特徴である。

本稿の検討から分かったことは、樋田(2020)が分析した生徒は、島根県立吉賀高校の生徒のように隠れたカリキュラムにおける自分の成長実感を語っていたのではないだろうか。だとすると、高校は上述の文科省の文言にある、「それらの場の在り方であり、雰囲気といったもの」を意識しながら、学びの環境を用意して生徒の人間関係能力の成長や自分の課題の克服、学びを楽しむ能力、そして吉賀高校生徒の検討で分かった探究の方法への気づきを促進することが大切である。

5.地域課題解決型探究学習の拡大について(参考)

LPBIL実施そのものについての統計はないが、LPBILの拡大を示す傍証は多く得られている。 髙橋(2021)の調査結果では、基礎自治体内に高校が1校しかない自治体を対象に行った全国調査では、高校魅力化の推進については、「『行っている』市は41.7%、町村では「行っている」が実に67.2%」(高橋 2021:11 )という高校魅力化の拡大の状況が示された。

一般財団法人 地域・教育魅力化プラットフォームが開催する地域みらい留学の合同説明会には100校が参加する(2023年度)がほぼ全校がLPBILを高校の特徴にしている。島根県の県立普通科高校はすべてが高校魅力化をおこなっており(樋田, 2021)、地域課題解決学習を行っている(島根県立高校コーディネーター)。前述のように文部科学省は普通科に3学科を新設し、いずれの学科も地域課題解決型学習や探究学習あるいはそれらを合わせて学習方法が取り入れることになっている。さらに、文部科学省の事業を例に拡大の様子を見ると、「地域との協働による高等学校教育改革推進事業」(2019年~2024年指定)は「地域魅力化型」が指定校32校、アソシエイト70校、特例校8校、合計110校。グローカル型が指定校28校 アソシエイト29校、特例校8校、合計65校。さらに2022年度の新時代に対応した高等学校改革推進事業(普通科改革支援事業)は、20校が指定されている。これら3つの事業だけで2019年度以降に195校が指定を受けて、ほとんどの学校がLPBILに取り組んでいる。なお、以上は、重なっている場合もある。そのほか、筆者の知る範囲では、他県の県立や私立の普通科高校の中には上記に該当しないがLPBILを取り入れている高校がある。もちろん、文部科学省の事業の指定を受けている高校も含めてとりくみには濃淡がある。

※最後になりましたが、本稿を書くにあたっては、訪問調査先のみなさまから多くのことを教えていただいた。訪問先の教師の中には、すでに隠れたカリキュラムの重要さに気付き、生徒の人間関係能力の成長や自分の課題の克服、学びを楽しむ能力環境づくり、雰囲気づくりを始めてるひともいた。筆者はそのことから大いに本稿の着想を得ました。  訪問先のすべてのみなさまに感謝いたします。

参考・引用文献  

学校と地域でつくる学びの未来HP(https://manabi-mirai.mext.go.jp/torikumi/chiiki-gakko/kyodo.html

樋田有一郎, 2020, 「高校魅力化における『地域の特色を生かした教育』のあり方を考える -学習目標と学習効果の整合性に着目して-」

樋田有一郎,2021,「人口減少県の高校魅力化から全国の普通科の特色化・魅力化へ──どのように離島の高校改革が全国の高校改革に展開したか」『山陰研究ジャーナル』(14号別冊)

文部科学省人権教育の指導方法等に関する調査研究会議, 2006,「人権教育の指導方法等の在り方について[第二次とりまとめ]https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/seitoshidou/jinken/06082102/004.htm

文部科学省「地域との協働による高等学校教育改革推進事業」HP (https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/kaikaku/1415089.htm)

守屋淳,2022,「総合的な学習と主体的な学び」『せいかつか&そうごう   日本生活科・総合的学習教育学会誌』(29) 4–15.

島根県立吉賀高等学校,2023,『令和4年度 キャリア教育成果報告集 』